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福島地方裁判所郡山支部 昭和40年(ワ)230号 判決 1966年12月16日

原告 国

訴訟代理人 光広龍夫 外二名

被告 渡辺忠次

主文

被告は原告に対し金二十五万三千九百五十二円およびこれに対する昭和三十七年九月四日から支払ずみにいたるまで年五分の割合の金銭を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、訴外橋本未佐雄(以下たんに、訴外未佐雄という)は昭和三十五年十二月四日午前八時三十分頃福島県田村郡滝根町大字菅谷字芦畑四十三番地の県道で訴外渡辺美良(以下たんに、訴外渡辺という)の運転する軽自動車(福け八六七四号)に衝突され、翌十二月五日午前六時頃頭部打撲頭蓋内出血によつて死亡した。(以下これを、本件事故という)

二、右の事故によつて訴外未佐雄およびその遺族は次の損害を蒙つた。

(1)  訴外未佐雄の損害

(イ)  治療費金二千九百八円、但し昭和三十五年十二月四日から十二月五日までの間公立小野町地方総合病院および遠藤医院でうけた治療代

(ロ)  逸失利益金百二十一万三千四百八円

訴外未佐雄は本件当時新聞委託販売業を営む傍ら滝根郵便局の臨時雇として郵便物の集配業務に従事し年間二十八万円の所得があつたが、同人は死亡当時五十九才の健康体で厚生省統計調査部刊行の第十回生命表によると余命年数は一五、六五年である、しかして、新聞委託販売業は自由業であり、郵便物集配業務は日給制の臨時雇であるから定年制がなく、健康体であれば七十才位までは十分稼働できるから就労可能年数は少くとも十年とみることができる。訴外未佐雄は滝根町で未成年の子二人とゝもに生活していたが内閣統計局家計調査報告による消費単位指数によるとその指数は二、二であるから未佐雄の一年間の純収入は十五万二千七百二十七円となり、同人はこれを十年間継続して取得することができた筈であり、これをホフマン式計算方法で中間利息を控除するとその額は金百二十一万三千四百八円となる。

(2)  訴外未佐雄の長男橋本幸一の損害

(イ)  葬儀費金六万三千九百四十八円

(ロ)  護送費金八百三十円、但し訴外未佐雄を病院まで送つたときの費用

(3)  訴外未佐雄の遺族全員の慰藉料金十万円

三、本件事故は訴外渡辺が訴外未佐雄を追い越すに際して自動車運転者としての注意義務を怠つた過失によつて発生したものであつて、当時訴外渡辺は父である被告の衣料品販売業を手伝い、その業務執行中であつたのであるから被告は自動車損害賠償保障法(以下たんに、自賠法という)によつて前記損害を賠償する義務がある。

四、ところが、被告は本件事故当時自賠法の被保険者ではなかつたから、原告は訴外未佐雄の遺族等の請求によつて同法第七十二条第一項の規定によつて限度額金五十万円から遺族等が受領した金二十四万六千四十八円を控除した残額二十五万三千九百五十二円を損害填補額と決定し、昭和三十七年九月三日これを遺族等に支払つた。

五、その結果、原告は同法第七十六条第一項の規定によつて右の支払額の限度で遺族等が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。

六、よつて、被告に対して請求の趣旨記載の裁判を求める。

と述べ、被告の抗弁に対し、

一、被告のいう調停は慰藉料についてのみ成立したものであるから本訴請求に消長はない。すなわち、遺族等は本件事故の損害賠償について被告と数回交渉したが示談が成立しなかつたので昭和三十五年十二月二十七日国家公務員災害補償法によつて補償請求をして翌年一月三十一日金十五万二千六百四十円の支払をうけ、又同年一月三十日には自賠法による損害填補請求をしたのであつて、遺族等は被告に対する損害賠償請求権を放棄する意思は全くなく、右の国に対する請求額では満足できないので慰藉料について調停の申立をしたものである。すなわち、被告は遺族等が国から給付をうけることを当然の前提としこれを承知していたものである。

二、原告は昭和三十七年九月三日付をもつて被告に対して納入の告知をし、さらに昭和四十年八月三十一日その支払を催告し、右催告後六ケ月以内に本訴を提起したから被告の時効の主張は理由がない。

と述べた。立証<省略>

被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、本件事故が発生したこと、被告が本件事故について責任のあること、本件事故当時被告が自賠法の被保険者でなかつたことは認める。

二、その余の事実は争う。

と述べ、仮定抗弁として、

一、かりに原告が訴外未佐雄の遺族等の損害賠償請求権を取得したとしても、その時期は、被告と遺族との間において昭和三十六年十二月十八日三春簡易裁判所において調停が成立し遺族が被告に対して金十万円の支払をうける外その余の請求を放棄し、さらにその他債権債務がないことを確認したのちであるから原告は被告に対して請求することはできないものである。

二、かりに右の主張が理由がないとしても、本件事故は昭和三十五年十二月四日に発生したものであるから昭和三十八年十二月四日をもつて満三年を経過し本訴請求権は時効によつて消滅した。

と述べた。立証<省略>

理由

原告主張の交通事故が発生し訴外未佐雄がその事故によつて死亡したことは当事者間に争いがない。

本件第一の争点は、(一)原告が自賠法第七十二条第一項の規定によつて訴外未佐雄の遺族に対して損害の填補をしたかどうか、(二)右の遺族が被告に対して損害賠償請求権を有するかどうか、という点である。先ず(一)について考えてみるに、成立に争いのない甲第一号証、第六号証、第七号証の一ないし五、証人佐藤和巳、同橋本幸一の各証言、被告本人尋問の結果によれば、訴外渡辺が本件事故を起した当時同人の運転していた軽自動車は被告の保有であつて自賠法の責任保険期間を経過し被告は被保険者ではなかつた(被保険者でなかつたことは当事者間に争いがない)ので、訴外未佐雄の相続人である橋本幸一、佐藤ヒサ子、橋本武夫、同英子、同明、同光子は父未佐雄の蒙つた損害および自己固有の損害について訴外佐藤和巳を代理人として、国の自動車損害賠償保障事業の受託会社である日動火災海上保険会社を通じて原告に対して損害の填補の請求をし、昭和三十七年九月三日金二十五万三千九百五十二円の支払をうけたことが認められ、右認定に反する証拠はない。次に、(二)の点についてみるに、成立に争いのない甲第一一ないし第十八号証、第十九、第二十号証の各一、二、第二十一号証の一ないし五、第二十二ないし第二十九号証、証人佐藤和巳、同橋本幸一の各証言および被告本人尋問の結果によれば、本件事故、すなわち訴外未佐雄が訴外渡辺の運転する軽自動車に衝突されて死亡したのは訴外渡辺の業務上の過失にもとづくものであつて、同人は被告の子であつて被告の営んでいた衣料品販売の手伝をし事故当時はその集金の業務に従事していたこと、訴外未佐雄は右の事故当時年令五十九才の健康な男子で原告主張の職業、収入を有し、その余命年数、稼働可能年数、生計費の消費単位指数は原告主張のとおりであることは公知の事実といつてよく、これらの資料にもとづいて訴外未佐雄の得べかりし利益を中間利息を控除するためホフマン式方法で計算するとその額は金百二十一万三千四百八円となり、(もつとも、訴外未佐雄の生活費の算定は必ずしも正確を期し難いけれども、他に適当な統計資料が見当らないばかりか、本件は被害者からの損害賠償請求事件ではないから必ずしもその数値の正確性を追及することはそれ程重要ではなく、相続人等が本訴請求金額を超える損害賠償請求権を有していることが認められれば足りるわけであるから以上のとおり認定することとする)、橋本幸一等訴外未佐雄の相続人はこれを平等の割合で相続したこと、長男である橋本幸一は病院に対する治療費として金二千九百八円、葬儀費用として金六万八千五十二円、病院までの車代として金八百三十円合計金七万一千七百九十円を支払い同額の損害をうけたこと、相続人全員は調停によつて被告に対し慰藉料として金十万円の債権を取得したこと、したがつて相続人別に計算すると、被告に対し、長男幸一は金二十九万六百九十一円、その他の相続人五人は各自金二十一万八千九百一円の損害賠償請求権を有することが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、被告は、相続人等は調停において慰藉料金十万円の請求権の外はすべての損害賠償請求権を放棄したと主張するので考えてみるに、なるほど成立に争いのない乙第一号証にはそのように読める条項の記載があつて、これをそのまま読むときは相続人等は金十万円の外は一銭の支払をうけることがなくてもよいことを確認したようにみえる。しかしながら、調停条項の解釈は一般法律行為の解釈と同様にそこに使用されている文字のみに拘泥することなくその文字とともにその解釈の資料となる一切の事情をも参酌してもつて当事者の真意を探究してこれを解釈すべきことは多言を要しない。ところで、証人佐藤和巳、同橋本幸一の各証言および被告本人尋問の結果によれば、訴外未佐雄の長男幸一は姉の夫である佐藤和巳とともに相続人を代表して本件事故の数日後から加害者である被告側に対して損害賠償の交渉をし金百三十万円余りの支払を要求したが、被告側では金二十万円しか支払えないといつて譲らず、十回以上も交渉を重ねたが一向に話合が進展しないので昭和三十五年年末と翌年一月に国家公務員災害補償法と自賠法による補償の請求をし、昭和三十六年一月三十一日には前者について金十万二千六百四十円の支給があり、又後者について約三十万円を支給する旨の内示があつたので相続人等は財産的損害はこれで一応我慢することとして、別に慰藉料金三十四万円の支払を求めて昭和三十六年十二月六日三春簡易裁判所に対して調停の申立をしたこと、そして、被告は右の調停申立をうける前から相続人等が前記二口の補償請求をしたことを知つており、特に災害補償の分金十五万二千六百四十円については同年三月に国から求償請求をうけていたこと、しかして、調停の席上、被告から、国から補償金の支払があるから慰藉料の支払をもつと減額してほしい旨の要望が出て結局金十万円で話合がまとまつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうだとすれば、金十万円の調停は相続人等が国から補償金の支払をうけることを前提として成立したものであつて、相続人等がこの補償金の請求権を放棄したり又既に支払をうけた分を返還する意思があつたものでないことは明らかである。すなわち、調停条項に、債権債務のないことを確認したのは、補償金を取得した外慰藉料金十万円の支払をうけ、それ以外にはなんらの請求をしないことを約したものと解すべきである。したがつてこの点に関する被告の抗弁は理由がない。

そうすると、原告は自賠法第七十六条第一項の規定によつてその支払の額の限度内で相続人等が被告に対して有する前記損害賠償請求権を取得するわけであり、その総額が金二十五万三千九百五十二円となることが明らかである。(原告は相続人等の代理人から一括して請求をうけ同人に一括して支払つているが、本来各相続人毎に請求、支払、代位の法律関係が成立する筋合であるけれどもその総額において異同がないから原告の取得する金額には消長を及ぼさない。)

次に、被告は原告の本訴請求権は時効によつて消滅したと主張するが、原告が被告に対して債権を取得したのは原告が相続人等に支払をした昭和三十七年九月三日であり、又その時効期間は会計法第三十条の規定によつて五年であり、原告が本訴を提起したのは右の期間内であることは記録上明らかであるからこの点に関する被告の抗弁は理由がない。

したがつて、原告が被告に対し金二十五万三千九百五十二円とこれに対する権利を取得した日の翌日である昭和三十七年九月四日から支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払を求める本訴請求は正当として認容することができる。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、仮執行の宣言はこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋一英)

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